大学病院前教室
火曜日ですお久しぶりです中村です(無季・字余り)
「毎週読んでいます」と、声をかけてくださる生徒みなさんの数が多くなってきました。ありがたいです。「長いけど」という枕詞ももれなくついてきますけど・・・
というわけで、最近は特に前置きが長くなる傾向がありますので、すぐに本題から。
物語と小説の違いについて語り手ぇ(この言葉、よく覚えておいてください。来週のキーワードです)ということで、今回はその2つのジャンルの違いについて、話をしていきます。
みなさんは、小学生までの国語の問題集や塾のテキストには「物語文の読解」とかなんとか書かれていたものが、いつのまにか「小説の読解」にすり変わっていた、なんていう経験はありませんか。そして、どこからどこまでが物語で、どこからどこまでが小説なのか。その2つに明確な区分はあるのかと疑問に思ったことはありませんか。
仮になくても話は続けます。
まず、物語についてですが、そもそも読んで字のごとく、「物を語る」ことから来ています。辞書を引いてみても、
① さまざまな事柄について話すこと。
② 特定の事柄の一部始終や古くから語り伝えられた話をすること。
③ 文学形態の一。作者の見聞や想像をもとに、人物・事件について語る形式で叙述した
散文の文学作品。
(『大辞泉』より 強調は中村)
簡単に言えば、「ただのお話」です。「誰かが何かをして、どうなって、何かがこうして」といったような、連続性を持つ出来事の箇条書きといってもよいです。これらの出来事は時系列でつながります。換言すれば(酸化もするかも)、「そして」でつながる時系列による構成とも言えます。そして(!!!)それは、「ストーリー」と呼ばれることもあります。
それに対して小説ですが、これもまた、辞書を引いてみましょう。
① 文学の一形式。特に近代文学の一ジャンルで、詩や戯曲に対していう。作者の構想の
もとに、作中の人物・事件などを通して、現代の、または理想の人間や社会の姿など
を、興味ある虚構の物語として散文体で表現した作品。
(『大辞泉』より 強調は中村)
こちらは、
① 近代文学の一ジャンルであること
② 作中の人物・事件などを通して、現代の、または理想の人間や社会の姿などを興味あ
る虚構の物語として表現していること
の2点に注目していきましょう。①に関しては、もともと「小説」とは、英単語のnovelの訳語であって、坪内逍遥がその訳語をあてたとかなんとか、知識をひけらかしたい方もいるでしょうが、まあどうでもいいです。しいて言うならば、「近代」文学の一ジャンルであることには留意しておく必要があります。
②が重要で、物語との決定的な違いになります。物語はただ語られるだけであって、出来事の連続に注目されますが、小説では、「作中の人物・事件」などを通して、あるものごとの姿を表現しているというわけで、ただ単に出来事が連続するわけではなく、出来事と出来事のつながりや関係性が重要になってきます。この出来事と出来事のつながりや関係性のことをプロット、と呼ぶこともあります。
辞書的な意味をさらったところで、わかったような、わからないような、結局よくわかりません。さらに語るべきことは多くあるのですが、中村のブログネタ確保の観点から(紙面の都合上)、今回はここまでにしておきます。(心の声が出てしまっていますね…)
今週の話をまとめると、結局こういう感じですね。
「王様が死に、それから王妃が死んだ」といえば、ストーリーですが、「王様が死に、そして悲しみのために王妃が死んだ」といえばプロットです。時間の進行は保たれていますが、ふたつの出来事のあいだに因果関係が影を落とします。あるいはまた、「王妃が死に、誰にもその原因がわからなかったが、やがて王様の死を悲しんで死んだのだとわかった」といえば、これは謎を含んだプロットであり、さらに高度な発展の可能性を秘めたプロットです。それは時間の進行を中断し、許容範囲内でできるだけストーリーから離れます。王妃の死を考えてください。ストーリーなら、「それから?」と聞きます。プロットなら「なぜ?」と聞きます。これがストーリーとプロットの根本的な違いです。
(E.M.フォースター 『小説の諸相』 より)